長谷川和夫先生

介護, 未分類

泣きました。自分でも涙の理由はわかりません。

令和2年1月11日に放送された「NHKスペシャル認知症の第一人者が認知症になった」を観ました。

長谷川先生は、「痴呆」とか「ぼけ」と呼ばれていたものを「認知症」と変えた方ともいえ、

また認知症の診断に役立つ 「長谷川式認知症スケール」 を開発した方です。

現在90歳の長谷川先生は2年前にご自身が認知症であることを公表しました。

今回の番組は、認知症を公表した長谷川和夫先生の1年間を追った記録でした。

長谷川先生は「自分の姿を見せることで認知症とは何か伝えたい」とお考えだし、

自ら、認知症患者として、何を思い、何を感じたのか、真実を語っておられ、

長谷川先生が「認知症とは何なのか」を教えてくださる番組だった。

そして、「認知症になった親、変わっていく親にどう寄り添えばよいのか」という

娘、家族の苦悩も触れられており、共感することもたくさんあった。

多くの示唆をくださいました。忘れたくないので書き残します。

もちろん、今後も継続して長谷川先生が発してくださることに注視していきます。

認知症は神様が用意してくれたひとつの救い

  認知症と言っても、アルツハイマー型認知症やレビー小体型など種類や症状がいろいろある。

長谷川先生は嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症 とのこと。

これは 脳の神経細胞を顕微鏡で見なければ診断できないらしいが、

長谷川先生は、ご自身で顕微鏡で確認したのでしょうか。

心に残ることば

認知症の種類や症状については詳しくないのでここではふれられない。

ただ、長谷川先生が教えてくれた「長谷川先生の認知症」について

長谷川先生の言葉のなかから考えたい。

いくつか心にのこる言葉があったが、メモを取らなかったので不正確で、細かく説明できずすみません。

間に合う方は再放送をご覧ください。(1月16日午前0時55分)

「認知症はよくできているよ。
不安だけど、不安だという気づきがないからさ
神様が用意してくれた、救い」

見える景色は同じ
でも「確かさ」だけが減る病気

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信頼できる人がいてくれること

長谷川先生の奥様は80代。

腰痛があり、ご自身も大変そうだが老々介護の形で、二人で暮らしている。

長谷川先生の日記には、奥様への感謝の気持ちがつづられていたし、番組最後には

お茶目にお礼を伝えている場面も映し出され、ほほえましかった。

ふと思ったこと。
僕の体や心の全てに瑞子がいてくれる。
この感覚は初めてだ。
幸せだと思う。

「確かさ」に自信が持てなくなっていく日々、

ここはどこだ?今日はいつだ?という不安とともに朝起きると

奥様がいつものように声をかけてくれる。

それがその日の確かさにつながるそうだ。

つまり、薄れ行く「確かさ」の中に信じられる人。この存在がとても大事だと感じた 。

予定表が書き込まれたカレンダーと日めくりカレンダーの二つを用意して、

日めくりで「今日」を確認する。

それでも、そっと後ろから見慣れた顔の聞きなれた声で話しかけてもらえたら

安心できる。

聞いていて辛くなったことば。。。

 和やかな雰囲気が消え、寡黙になっている長谷川先生。

何回も念押しして聞いたりなんかするから(まわりが僕を)鬱陶しくなって,やっぱり今こういうことを言っていいのか,言わないほうがいいのかっていうことに自信がなくなる.だから「寡黙」にならざるを得ない.自分の殻にこもってね.

 同じことを何度もきき返してくる老親に、「さっきも言ったでしょ⁈」と

鬱陶し気に返答している自分を重ねて、申し訳なく思う。。。

皮肉を感じたことば

 奥様の負担を減らすために、長谷川先生がデイサービスに行った。

先生ご自身がデイサービスへ行くことを認知症患者さんへは勧めていたらしい。

いざ、先生ご自身がデイサービスでレクレーションで輪投げをしても、テーブルで数人と顔を向かい合わせてもその様子は、笑顔一つなく、つまらなそうなのは一目瞭然。

あそこに行っても僕は孤独なんだよ。

何がやりたくないのか
何がやりたいのか、
そこから出発してもらいたいね。

そのデイサービスはやめる。

その後、老人ホームに数日お試しで泊まってみても

俺の戦場(自宅の自室)に帰りたい。
戦場に帰って自分で戦いたい,自分の戦いを.。

介護の大変さを知り、家族の負担を軽減すべきと考えていた時と、当事者になっての考えは難しい。

ありがとう

 先にも書いたが、先生の日記には奥様への感謝の気持ちがつづられている。

そして夜、眠りにつく前に奥様に面と向かって

ありがとう

と伝えてらっしゃる。下げられた頭にやさしく手を当てる奥様。

「ありがとう」はとても大事なことばだ。

認知症になることは不便だけれど不幸ではない。

奥が深すぎて。。。。

認知症になっても、突然として別の人間になるとは思わない。
正常の人と接するような接し方をしてもらいたい。
そうしていただくことで、認知症の人は安定した気持ちになれる。

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突発的な行動・ことばも意味がある

長谷川先生が町内会の会合の中で、講演を依頼されて、奥様、娘さんを同伴で会場入り。

先生がステージに上がると、娘さんが了解している段取りとは異なる行動をする先生。

講演の最後に歌うはずの「ふるさと」を冒頭で歌い始めてしまう。

娘さんは慌てて歌詞カードを配布するなどの手配に追われ、困ってしまう。

帰宅後、娘さんがなぜ、段取り通りにしなかったのか。その理由を尋ねる。

観ている私たちには「認知症なんだから仕方ないじゃん」という思いもある。

あそこにいた人たちは堅苦しい話をずっと聞いた後だったでしょ?
だから、場をなごませたかったんだよ。
実際、場はなごんだ。

ああ~~~。
私たちが知っている先生だ。
いつもニコニコして、周りをなごませてくれる長谷川先生。

まだまだたくさん教えてください。

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Posted by カトラ