コロナ禍で寂しい祖父母たち

介護

高齢者がかかると重症化しやすい新型コロナウイルス感染症が流行り出してから、高齢の両親に会うのを控えています。

片田舎に住む両親は、この新型コロナウィルス感染症を、まるっきり他人事に思っているからたちが悪いです。

こんな田舎に来るわけはない。

全国に広がった緊急事態宣言

我が家はハイリスク状態。

息子二人は小児喘息があり、夫は喫煙者で、人間ドックでは生活習慣病をしてきされつつある年代。

夫の両親は、義父は脳梗塞既往もあり、義母は要介護状態。

私の父は狭心症、糖尿病、前立腺がんなどなど、母は不整脈、膝関節症などなど

とにかく、罹患することが命取りになるハイリスク者ばかりです。

今週はどうしようか

我が家から車で40分ほどの実家へは、週に1回訪問して高齢両親の様子を見てきます。

しかし、新型コロナの危機を感じてからは、それをためらうようになりました。

ただ、高齢の両親は冒頭に書いた通り、田舎だから大丈夫、と思っています。

その上、電話で訪問を促してきます。

いえ、直接「さみしいから会いに来て」とは言いませんよ。

枝垂桜が満開だから身に来たら?
畑の仕事を始めないといけないんだけど。
果物をたくさん買いすぎちゃったから分けたいけど。
・・・・・

でも、今は子どもたち連れていけないし・・・
ウィルスは空中を飛んでで来るわけじゃなくて、人が連れてくるの。
いくら田舎でも、人が動けばウィルスが運ばれるってこと。
・・・・

コロナ疎開

田舎には近年、移住者が来てくれて、日ごろから県外ナンバーの車が停まっていることも多くなりました。

それとは別に、この頃は、長野県へのコロナ疎開が増えているそうです。

私の姪っ子は今年、進学のために首都圏へ部屋を借りたのですが、入学式はなく、

5月からの授業開始ということで、結局、上京できずにいます。

かといって、本当に5月から大丈夫なのか?

まだまだ先が見えませんね。

姪っ子は、首都圏のコロナ禍に巻き込まれずにいるので疎開ではないのですが、

受験戦争がやっと終わったのに・・・・ちょっとかわいそうです。

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運動教室もなく

ところで、高齢の両親の運動は、自治体が月に1回程度開いてくれる元気教室や集まりに行くこと。

介護認定を受けていないので、デイサービスなどはない。

月に1回の元気教室は、運動もするけれど、人と接する場になるのです。

それが今はできないので、どうしたものか。

フレイルが進みそうです・・・・

高齢者が2週間寝たきり生活をすると7年間分の筋力低下と同じらしいです。

両親二人で暮らしているので、お互いにケンカしつつ寝たきりではないのですが、

明らかに運動量と人との交流は減っています。

いすれにしても、このコロナ禍、フレイルが進む問題、今後大きくなりそうです。

オンライン

パソコンやスマホを使うことなく過ごしている高齢者は、今回のようなとき、

ネットから情報を得るという行動はできません。

電話だけがたのみです。

実は私、親からの電話はいつもは事務連絡のような会話だけですが、

しばらくは無駄話に付き合おうと思っています。

遠くに高齢の親御さんがいらっしゃる皆さんも悩みどころは同じではないでしょうか。

機器がいろいろ進んでも、それを高齢の親に使わせるのは難しい。

不安な時にこそ人とつながりたいけど

そういえば、東日本大震災の後、小中高、それぞれの同級会が急に復活しました。

案内の文言には「今こそつながりましょう」と入っていました。

あの時は、なんとなく、皆が人とのつながりを確かめたいような気分になりました。

そして、人と人がつながることに価値をみいだし、対面して近況報告で落ち着いたりしました。

旅行したり、映画を観たり、ライブに行ったり、仲間と飲んだり、そんなことができる楽しい街や施設に遊びに出かけたり。

今、コロナ禍のなかで個々が再び「不安」の中にいます。

しかし、今回は物理的なつながりが命の危機をもたらすことが分かってきたため、

前回と同じようにつながることはできません。

作り上げていた「つながる価値」を否定されたともいえます。

むしろ、多くの人がこの否定に、心理的に打ちのめされているのかもしれません。

不要不急って無駄なことなんですよね。

でも経済を回したり、人と人をつなげていたのがまさにこの不要不急なんですね。

シフトチェンジ

社会のルールが変わると感じています。

変化のきっかけは、発明だけじゃなく、感染症まん延であることもある。

私たち人間は、痛みを知ってから、「もう二度と同じ思いはしたくない!」と苦しみ、

そこから対策を練り上げて、同じ苦しみを回避する方法を実現していくことができるはずです。

触らなくてもすむ社会、離れていてもつながる社会になるということは容易に想像できます。

私が会社の経営者だったら、「タッチパネル」ではない方法を開発するし、

あっ、既にスマートスピーカーとかあるか・・・

「会うのが礼儀」ではなく「オンライン」が普通、という戦略を練ろうと思います。。。

オンライン飲み会も流行っているようだし

身近なところで

社会は変わるけど、大事なものは変わらないとも思う。

たまたま聞いたラジオで、就活ができない学生さんが「焦ってます」という相談に、

「あらためて、自分にとって就職することの意味を考えられる時間ですよ」と答えていました。

この回答を学生さんはどう感じたでしょう。

でも、本当に「今は自分と向き合うべき時」だと思います。

私の学生時代、修士論文を書かなくてはいけないときに阪神大震災が起きました。

テレビには、高速道路が倒れた映像、道が波打つ映像、大火事の煙などが繰り返し映し出され

多くの人が同じ苦しみに直面したのではないかと思います。

「自分は今、何をすべきなのか。」

指導教官の反対を押し切って、私は神戸へ向かいボランティア活動に参加しました。

いまでも、その決断をしてよかったと思っていますし、

自分ができる状況の時にそれをしないことの方が後悔していたと思います。

普段の状況なら考えないようなことも、「まずやってみる。すぐにやってみる。」

普段、私が通う整体の先生がオンライン配信で10分体操を始めました。

定時に配信することで、皆が顔を合わせなくても、その時間にそれぞれが

同じ運動をしている。そう思うと、座りっぱなしの自分にカツを入れて

スマホでつながります。

どんなに離れている他人同士でも、そこに強いストーリーがあれば、互いに協力することができる。

う~~~ん、でも次男は、オンライン配信の学習は全く観ませんが・・・・

介護

Posted by カトラ