高校説明会に参加中

不登校

中学3年生の次男は今年受験生。普通科を考えているので、どこの高校を受験するかを検討するために情報を集めています。

残念ながら新型コロナ感染拡大防止の影響で、高校の見学会や説明会は一学期中にはありませんでした。

多くの高校の説明会は8月から始まり土曜日に開催とかオンラインです。授業の見学・参加をさせてくれる学校もあります。

次男も中学校の制服を着て、ある高校の説明会と、授業見学に参加してきました。

高校側の指示で1校は保護者参加は不可、もう1校は条件付きで参加可でしたが両校とも本人一人で参加、親の意見が入らない分、自分の感覚で判断ができそうです。

退場に失敗した

最初の説明会は体育館で開催され、校長、教頭、進路指導担当、生徒会、という順に登壇しそれぞれの話があったそうです。

次男はそれぞれの飾りつけしたような話にムカムカしつつ、人混みも苦手なので、終了し次第、すぐ退場しようとしていたそうです。
ところが、すいている出口を探したはずがその選択を間違えてしまったというのです。

なんと、その出口付近にいた校長と生徒会長に話しかけられ、しばらく雑談をして、むしろ最後の退場になったということでした。

人混みが苦手

何か質問はないかい?と聞かれたので次男は校長に「学校の目指す生徒像になっている学生は、実際にどのくらいの比率でいるのですか?100%ですか?」と聞いたそうです。

校長先生は苦笑いをしていたのではないでしょうか。

高校の理念とか教育目標って、それに沿う学生を作るってことだよね?
実際にそこの高校に行くと、そうなってしまうのかって思ってさ。
みんなが同じだったら気持ち悪いと思っただけ。
あの校長先生、キラキラした学校理念の同じフレーズを3回も繰り返したんだよね。

県立高校で、洗脳するわけじゃないし…

続いて、生徒会長には「生徒会長に選ばれたのは、なにがポイントですか?」と聞いたようですが、その新生徒会長は数日前に選挙で選出されたばかりで、かなり緊張していたようです。

この無礼な中坊に生徒会長さんがご立腹していないことを祈ります。

生徒会長は、「入学したら、明るい青春が待っています」って言ってたけど、青春が待っててくれるって変でしょ?
青春はそれぞれが感じるとか、個人の活動でしょ?青春のために受験勉強頑張るわけじゃないんだから。

はいはい、そんなに深い思い入れはないと思うよ。

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信念、信条、ポリシー、座右の銘

学校説明会で、校長、教頭、進路指導の先生の話を聞いたからでしょうか、帰宅中の車内で質問攻めにあいました。

「信念、信条、ポリシー、座右の銘」って何がどう違うの?

スマホがあるんだから自分で調べればいいじゃん。

今、テスト前だからオレ、スマホ使えないし。
全部同じじゃないの?
実際、あの人たち、言葉をちゃんと考えて選択しているのかわけわかんなくてさ。

少なくとも、日本語でそれぞれが存在するのは、「由来とか意味合いとかが違う」からです。
英語の場合はそのニュアンスの訳し方が難しいかも…。

例えば、信条は…あなたは年上の人に対して、敬意を払うでしょ?それは正しい事、と思っているし、儒教の教えにもある。
だから、学校が「生徒に守らせたい事」は信条として明文化して強制できることだと思う。

信念って、あえて人に言わなくても自分の心の中で自分の生き方とか考え方のよりどころになっているモノだと思っていて、例えばお母さんは「あなた達子どもが恥ずかしいと思わないか? 子どもたちに顔向けできないようなことはしない。」という心の中で基準がある。でもこれって、他の人にとって正しいかどうかは関係ないんだよね。私自身が信じて決めていること。

ポリシーは何かをするときに決める「方針」とか政策、戦略と訳される。
むしろ、それを自分が正しいと思えるかどうかというのは関係はない。
場合によっては自分の信念に反するけれど、目的を達成するためには仕方がないと判断することもある。
ポリシーは行動にしか使いません。…以上、ネット上で検索した抜粋。

「座右の銘」の語源は「右に置く紙」、「自分にとって重要な右側に置くほど、大切な言葉」という意味。
「こうでありたい」という信念なので、今現在自分が座右の銘通りの人間でなくても良いのです。
自分が自分らしくいるため、あるいは自分が目指す方角へ向かうために冷静さを必要としている多くの人が胸に掲げています。例えば、自己紹介や面接などアピールの場で使うため、新年など気持ちを新たにするときに使うため、何かにチャレンジをするときに使うためなど。…以上、ネット上で検索した抜粋。

一期一会

他の授業見学をした高校では、高校1年生、3年生の授業を見ながら授業資料ももらえたのですが、やはり難しかったそうです。

なぜ、次男が高校生の授業見学のみでなく、本気で参加したかったのかわかりません。

そしてまた帰り道にどういう寄り道ができるのかを確認するために近所のお店を見ていたのも面白かった。

いずれにしても、ふ~ん、こっちの高校に行きたい思っているのかぁ、とあからさまに分かる次男の態度でした。

秋にあと2,3校の学校説明会の参加予定があるので、どういう結論を出すのか楽しみです。

さて、授業か何かで気になったのでしょう、「一期一会」と「千載一遇」の違いも次男が聞いてきたのですが、
一期一会はお茶の世界観で、千載一遇は中国由来だし、「出会いの」と「出合うチャンス」では?と言ったら、

う~ん、中国か、スケールのことを考えると、結局千年に一度もないってこともあるなぁ…

とブツブツ言いながら、納得していたようです。

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雰囲気は自分で

教育理念等は説明がありますが、実際の雰囲気はその場の在校生から感じられることもあるようです。
ただし、今年の文化祭は各高校とも工夫を凝らしていたようですが、残念ながら中学生は見学に行けませんでした。

まぁ、我が家の今の次男は、いろいろなことにとても敏感に反応するので、何かに触れるたびにマイナス視点で査定してしまいそうだから、見なくてよかったかもしれません。いやもともと斜に構えているかも…。

見た目で判断されるのは…

私たちはよく、他人を「見た目」で判断してしまいがちです。
しかし、人の「見た目」から、その人の「中身」を判断するのは必ずしも容易ではない。
いや、容易に決めつけて誤った判断をすることが多い、例えば黒人など有色の人種差別。

我が家の次男は「真面目」「きちんとしている」「頭がよさそう」などの印象を持たれることが多いです。

次男自身もそれを知っているため、その評価をこの頃「そう思うのは勝手だけど、その期待通りにならないオレを見てガッカリするのは、納得いかない。」と

オレのことをできるヤツと思ってもいいけどさ、そうでないオレだとわかった時に「あ~ぁ」みたいな落胆する感じ、ほんとやめてほしい。

ガッカリされるのって、けっこうしんどいんだよね。

ちょっと、被害妄想的なところもありそうだし、見た目で損するよりはいいと思うのですが…

親である私に向かって反発している言葉だと思います。

期待を重荷に感じているというか、バテた友達のところで書いたとおり、感度が敏感になっているから、親の言葉の裏に親の気持ちを勝手に解釈するのでしょう。

とはいえ、案外簡単かも。

つまり、私が思ったり期待したりすることに反発しようとするわけだから、私が息子の言葉や行動にイヤだなとかイラつくってことは、その反対のことを子どもは期待されていると感じているということ。

子ども自身も決して深く考えて言っているわけではなく、とにかく親の敷いたレールから外れたいという衝動があるだけ。親が思っていることと逆のことをする。

自分ではそう思っていないのに、親が言うことだからそれにあえて反発する、ということ、自分も昔、ありました。

したがって、こちらが何かを言ったり、したりするとあえてそれに反応してくるから、とにかく口出しや指示はしない、に限ります。

そうするようになってから、本当に感じています。子どもの言うことはいちいちもっともです。

これもまた、思春期の子が自分らしさを獲得するためには大事なこと。

同時に、親世代にとってもかなり「信念」を揺さぶられる時期なのではないでしょうか。今まで良かれと思っていた子どもへのかかわり方を全く変えたり、価値観さえ変える必要がある。

50歳をすぎても日々いろいろありますね。

ただし、時々、中二病が出てきて、私を混乱させます。

生まれたときに病院で取り違えられることってある?

自分がここのうちの子じゃないとか、特別な存在と思っている中二病?

うん、時々そう感じることあるんだよね~。

中二病っていつ治るんだろ。

不登校

Posted by カトラ