みんな違ってみんなつらいってこと・・・

介護

50歳過ぎてから、自分の体の変化を感じている以上に家族のかたちが変わってきたと思う。

親の介護が現実化してきたし、子どもの独立が秒読みになっていて、いろいろ書きたいのですが

今回は、老親との関係で困っていることを残しておこうと思います。

いずれ行く道

老いた84歳の母を見て思うことは、「きっと私もこうなっていくんだろうな。」ということ。

ただ、この気持ちの中には「親子だから似たようになるんだろうな」という受け入れの気持ちではなく、「こういう年の取り方はしたくない」という抗いたい思いが強くあります。

その気持ちの原因の一つは若かったころの親のイメージとずいぶん変わってきて、それにがっかりしているのかもしれません。

老化なのでしょうが・・・

たとえば、高齢者は一般的に、年齢を重ねるとともに頑固になり、保守的傾向が強くなるそうです。
また、人に対して厳しくなり、疑いの感情を抱きやすくなるといわれています。

若い頃より適応力が落ちているから、新しいことをするとどうしても失敗しやすい。
でも、失敗して周囲からバカにされたくない。できないところを見せると今まで築いてきた、自分の立ち位置がぐらついてきそうです。
自信のなさを自ら打ち消さないと、衰えてきた自分を受け入れにくい。
だから無意識のうちに頑固になっているのかもしれません。

また、年を取ると、心身の予備力が少なくなって、ストレス耐性が低下します。
自分が衰えていることを、家族や知人などに批判されたり中傷されたり。
身体の動きが悪いことで、疲れやすく、長続きしないことにも、自分自身、いやになる。

それに、年齢を経ると、配偶者や大切な友人を亡くすことがあるばかりでなく、自身の死に対する不安も高まります。病気やケガをするたびに、「あとどれくらい生きられるのだろう」と考えてしまう。
それらが大きなストレスとなり、ストレス耐性が低下した高齢者を傷めつけます。
高齢者がうつになりやすいのも、当然といえるかもしれません。
一度ダメージを受けると回復が遅いので、本人のつらさも増すことでしょう。

広告

泣き脅し

 結婚して子育て期間中以外はバリバリ働いていたし、若い頃は頑張り屋さんだった母が、私を叱責したかと思うと、孫もみている目の前でもめそめそ泣いたり、「私なんていてもしょうがないと思っているんでしょう?」などと自分を卑下したり。
これもまた、加齢による生体機能の低下と関係するのでしょうが、私は「泣き脅し」に感じています。

覚えていないと・・・

それは、土曜日の出来事でした。

私と息子で実家に行き、掃除や年賀状の確認などしていたところに、既に成人した甥っ子の来訪がありました。

私から見た甥っ子は、両親にとっては、かわいい孫の一人です。

姉から(甥っ子の母親)、米の精米をするように言いつけられてきたとのこと。

早速、籾付き一俵分のコメを車に積み用意をしているところに、私の母が口を出して、

お父さんも一緒に行って。
でも、お父さんが転ぶといけないから、○○ちゃん付いて行って。

え?転ぶほどおぼつかないなら、お父さんは行かない方がいいし、そうじゃないなら、甥っ子がいるんだから、うちの○○が付いていく必要はない。
精米所の場所とかわかるんでしょ?

必要か必要じゃないかは問題ではない。私がそうしてほしいんだから、○○ちゃんも一緒に言ってちょうだい。

せっかく、祖父母孝行をしに来ている甥っ子の顔をつぶすようなことさせたくない。
甥っ子も、お父さんも二人で大丈夫だって言ってるんだし。

そんなことない。お父さんは転ぶから。
○○ちゃん、一緒に行って、見張っていてちょうだい。

転ぶなら、行かない方がいいよ。
・・・
甥っ子を信用していないって言っているのと同じだし、お父さんを見くびっているし、○○の立ち位置を考えていないってことわかっている?

最後は、母が大声で「行って」と叫び、周囲がしら~~~っとなって仕方なく○○が付いていきました。

母親がなぜ甥っ子とをうちの息子と父を一緒に行かせたかったのか、それは「自分の理想」だからです。その精米所は家から車で7,8分の知り合いのところです。実際に行けば、その知り合いだけでなく、他のご近所さんと一緒になるのは想像がつきます。その場に「孫と一緒の幸せなおじいちゃん」を見せびらかしたいのです。つまり、母の自己満足のための行為なのです。

年寄りのそのくらいのささやかな願いだから叶えてあげればいいでしょ、と思う方もいらっしゃるでしょうが、私はこの母の「虚栄心」に対しては嫌悪感が強く、受け入れられないのです。

その後、私は苛立ちを抑えきれず、何かを話すと「怒り」が表に出そうでほぼ会話をしませんでした。すると、

さみしい、さみしい。

と言い始めるので、「ケンカをしたくないから」と私は言いました。

すると、その時にはもうすっかり先ほどの大声を出したことなど「覚えていない」といい、

いつも通り、泣きだす始末。

私が悪いんでしょ。私なんていない方がいいの。

勘弁してよ

その後、帰宅するまでの間に、携帯と家電にそれぞれ着信履歴と留守電に泣き脅しが・・・

広告

毒親って、それぞれ

思い出します、昔から、母は自分の理想の娘像を私に求め、遠回しに押し付けてきました。

そして、理想状態の時には私のことをあちらこちらで自慢げに話して回っていました。(姉からの話)

それによって、姉はかなり私へのコンプレックスを持っていました。

今となってはどうでもいいことですが、私の中に「母の見栄っ張りというか虚栄心」を憎悪する気持ちが定着しているのは確かです。

「母の虚栄心」に付き合っていた幼児から青年期の自分がすごくみじめというか、情けない気持ちになるんです。

みんな違う

「毒親」といっても、それぞれ違うはずです。

子どもの幸せを願っているようなふりをして「子どもの自立や幸せを阻害する」部分は共通していると思いますが、そのダメージの受け方がそれぞれみんな違っていると思うんです。

毒親は毒親であり、それは間違いない。

ただ、私の母親はこの世界でたった一人しかいないし、私もたった一人。
母と私の関係も、この世界でたった一つしかない。母と姉との関係も世界でたった一つ。

毒親って、種類がたくさんあるウィルスみたいと考えるとわかりやすいかも。
普通の顕微鏡じゃ見えなくて、電子顕微鏡じゃないと見えないとか、まだ未知のものもあるかもしれないし。
そして、あなたの毒親はアデノウイルス、私のはノロウィルス、みたいな。

ウィルスみたいに体内での増殖によって宿主への身体的ダメージを与えるという特性はある程度定義できるのかもしれないけど、同じウィルスにかかっても、微熱ですむ人もいれば重症になる人もいて、最悪の場合死んでしまうこともある。

だから、私の親は「毒親です」って言っても症状はそれぞれ違うんですよね。

まぁ、つまり、私の親とあなたの親を比べても仕方ないってことです

「身体的虐待をされて、自分はもっとひどい状況だった」とか、あるいは、「自分の親は暴力は振るわなかった」「言い方はもっと優しかった」とか。そんなことは、何の意味ももたないとおもいませんか。

そんなに危険ではなさそうなウィルスだとしても、あなたが苦しいのであれば、それは苦しい
誰かと比べても仕方ないんです。

はたから見て「毒親」には見えないかもしれないけれど、あなたが苦しいのならその苦しさは本当なんだと思います。

私の抱えている問題は、この毒親が「老親」となって介護の対象となった時にどうするかです。

めそめそして自分を卑下する母を「泣き脅し」だよと冷めた目で見ている私と、一方でその後、そういう場面を作った私自身に対してストレスを感じています。

実の親だから、いろいろな感情があって当たり前だよ・・・

と言ってくれるので、自己否定だけはしなくて済みそうです。

まぁ、「大人対応」ができる人になれたら、もっとラクになれるのかもしれませんが。

介護

Posted by カトラ