ジェンダーギャップの改善に向けて⁉

不登校

次男が高校入学しました。

制服がある高校ですが、女子の制服にスラックスの選択肢が加わり、スカートでもスラックでもよいそうです。

一方、我が家は男の子ですが、スカートの選択肢は示されませんでした。

制服に不満を感じていないようで、我が家で大きな問題にはなりませんでしたが。

ジェンダーギャップの制服問題は今後、さらに変化していくのかもしれませんね。

ジェンダーギャップ指数

2021年のジェンダーギャップ指数の中で、日本の「国会議員の男女比」は世界で140位だそうです。

政治への女性参加率の低さを示す結果となっています。

ところが、次男のクラス、クラス代表を含めたクラス運営の中枢はほぼ女子になったそうです。

次男のクラスは、男子より女子が多くはいるそうですが、その男女比率とは一致せず、圧倒的に女性が政権中枢(?)を占めたそうです。

今後の日本社会におけるジェンダー格差是正の方向性を感じ、なんとも頼もしい限りです。

クラス目標は・・・

さて、次はクラス目標を決める話し合いになったそうです。

各高校で生徒会運営はそれぞれの特色があるでしょうが、息子たちの高校では、1~3年各クラスの「クラス目標」が生徒総会で披露されるのです。

詳しい理由は知りませんが、クラス目標が「内々」の話で終わらないことを意識して「目標設定」がされます。

「挑戦」「団結」「不撓不屈」「清く正しく美しく」など昔からありそうな目標設定がつい、頭をかすめますが・・・

では、どんな感じになったかと、次男に聞くと・・・

いくつか案が出た中で、なんとなく意見が集まってきたのが、
女は愛嬌、男は凛々しく・・・

今時、って分けていて、オレ、びっくりしてさぁ・・・

「森喜朗氏がやらかしたことを考えると・・・・
生徒総会でこれを発表した時・・・・
何だか心配なんですけど・・・・」

って、はぐらかしながら意見を言ったんだよ、オレ。

あぁ、女性蔑視発言かぁ。
そんなぼかした言い方で、みんな、わかってくれた?

うん、むしろ、みんなすぐに気が付いて、その目標の言葉、全てなかったことになった。
オレは、「男、女」という分けるのを止めて「愛嬌とか凛々しく」は残すのかと思ったら、全てが無くなって、また一からの提案出しになって、今度はそれに驚いたよ。

おぉ、これまた「過剰反応」ね。
まさに、あなたのクラスは、現代社会の縮図だね。

あぁ、それに関連すると、クラスLINEもすごいよ。
今時だね~ほぼ全員が月曜日のうちに登録したんだけどさ。
今日、誰かが「明日、○○の授業の持ち物は?」みたいな質問したら、誰かがLINEで「△△です」って報告してくれたんだよ。
そしたらその後からず~~~~と、「ありがとうスタンプ」の嵐。
しかも、みんなそれぞれがかぶらないスタンプだからすごいよね。
めんどいから、オレ返信してないけど、30個以上もスタンプ送られて・・・確認するのウザい

・・・・
ガンバレ・・・

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コロナ禍のランチタイム

高校生になりお弁当生活です。

長男情報によると、かなり争奪競争?が厳しい状況のようなので、「学食」への探検はしていないそうです。

ということで、教室で弁当を食べているのですが、気になることがあると・・・・。

女子たちは仲良しグループができ始め、机を向かい合わせにして食べているそうです。

いくら、同じクラスで一日一緒だって言ったってさ、やはりマスク外しての会話はイヤだよ。

一方、次男の近辺の男子たちは、コロナ禍の給食同じく、皆、黒板向きの机で弁当を広げ、無言で食べているそうです。

コロナ禍の食事は、感染拡大を懸念して、向き合わない。
というのは、
オレの近くの人たちとは意見が一致しているから。

そっか、4月のこの時期に友達づくりの場も、このコロナ禍ではなかなか大変だね。

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ダイバーシティ(Diversity)をいかせると

「ダイバーシティ」とは日本語に翻訳すると「多様性」。

集団において年齢、性別、人種、宗教、趣味嗜好などさまざまな属性の人が集まった状態のことのようです。

もともとはアメリカにおける人権問題や雇用機会の均等などを説明する際に使われていたようで、現在は日本の企業でも多様な人材を登用し活用することで、組織の生産性や競争力を高める経営戦略として認知されているそうです。

つまり、いろんな人がいて、それぞれのいいところを活かしあえるといいものが生まれる、という考えでしょうか。

私はお恥ずかしながら、ダイバーシティと聞いた時に、「あぁ、お台場にあるダイバーシティ(city)」だと誤解しており、なんだか話がおかしいなぁと思っていましたから(笑)。

いずれにしても、企業や経営戦略としてのそれではなく、

視点としてのダイバーシティを持つことが大事なんじゃないかなぁと思います。

いろいろな考えを持った人たちがそれぞれの能力を活かして活躍することができたら。

しかも、課題解決型ではなく、可能性を広げていく、創り上げていく方向になればいいですよね。

それには、まずは自分のなかの個性、多様性に気づくことがポイントだと感じています。

そうすれば、他人の違いや個性を受入れることができ、それぞれの個性は可能性に変わる。

すると、今までのような軍隊のような、そして反抗しない国民を作るような画一的な学校教育は不要になるかもしれないですよ。

例えば、今回のように森喜朗発言によるバッシングを想起させるから「ジェンダー格差」を話題にしないという、極端な判断にしてしまうのは、なんともおしい

「みんな違ってみんないい」から始めていけばいいと思うのです・・・。

不登校

Posted by カトラ